プロフィール

重ね煮アカデミー®︎きっちんtanpopo

久保田 倫子 (くぼた ともこ)

重ね煮アカデミー®︎認定師範

 

ココロとカラダを整える養生おうちごはん

 

ココロとカラダは、日々のおうちごはんの「食べ方」で変わる。

 

重ね煮を通して、子どもたちの未来が

イキイキと輝くものになる様、

ママだから応援できる、養生の食べ方をお伝えしたい。

 

そして、ママも気構えることなく食を楽しみ、

笑顔いっぱいの食卓が増えて欲しいと、

食養生の知恵と重ね煮のレシピをお伝えしています。

 

 

私は、陰陽調和の重ね煮に出会い、

息子だけでなく、家族に大きな変化が起こりました。

 

私の重ね煮に出会う前から、そして、
出会って現在に至るまでの「重ね煮ストーリー」は、こちらでご覧頂けます。

 

 

食堂が大好きだった幼少期

私は、石川県金沢市で生まれました。

祖父母は、小さな食堂を営んでおり、
母も手伝いをしていました。
父は寿司職人で、家族みんなが食に関わる仕事をしていました。

朝から晩まで忙しい祖父母や両親の元に育ちましたが、
食には不自由なく、愛情一杯に育ててくれました。

 

そんな私のほっとする場所は、食堂の横にある小部屋。
そこで、美味しい匂いと料理を作る音を聞きながら、
本を読んだり、弟と遊んだりして毎日を過ごしていました。

食堂が大好きだったので、
お客さんが来る前の玄関を掃除したり、
テーブルを拭いたり、雑誌を整理したり・・と
家族が喜んでくれることがとても嬉しかったのを覚えています。

 

小学校では、竹馬やドッジボールも大好きで、
町内会のドッジボールの練習に早朝から通ったりもしました。

近所の少し年上の男の子と一緒になって遊んだり、
自転車を乗り回して、近所を走り回っていました。

当時は、自宅の周辺は田んぼが多く、
のどかな地域でした。

 

ある日、自転車に乗りながら、お友達と喋っていたら、
家の近くの側溝に自転車ごと転落するということもありました。

膝を泥だらけの傷だらけにしながら、
病院で痛くて、恥ずかして、大泣きしたことを覚えています。

そんな元気な幼少期を支えてくれたのは、
祖父母や両親の美味しい毎日のごはんでした。

 

 

剣道部、放送部、文芸部と楽しんだ中・高校時代

中学生になった私は、部活動に剣道部を選択しました。
裸足になって、北陸の寒い風が吹く中、運動場を走ったり、
部活に熱心に励みました。

とっても恥ずかしがり屋な反面、
誰かの役に立ちたいという正義感も強くて、
生徒会活動も縁の下の力もち的なポジションで参加していました。

 

そして、高校は地元の進学高へ。
夢を見るのが好きな女子高生だったので、
将来は、アナウンサーになりたい!小説家になりたい!と
部活を掛け持ちしてました。

 

なので勉強はというと・・笑
大学受験間際になって、ようやく塾にも通い、
学費がかからない国立大学へ。

とは言っても、地元の国立大学は合格ラインがギリギリだったため、
お隣の富山大学経済学部を受験し、無事合格を果たしました。

 

 

15年間金融機関に勤めた時代

 

大学は自宅から2時間もかけて電車で通い続けました。
ですが、電車仲間は意外と多く、毎日ちょっとした旅行気分で通学をしていました。
学校、バイトで家庭教師と、忙しい毎日を過ごしました。

 

就職は、地元の金融機関へ。
説明会には140名ほどが集まっていたにも関わらず、
受かったのは私を含めて6人。女子が私1人だったのですが、総合職での採用だったため、
いろんな仕事ができるととてもワクワクしていました。

総合職でしたので、窓口でのテラー、本部、営業、融資、預金と
刺激の多い仕事でした。
そして、転勤も2、3年に1回はあったので、多くのお客様との出会いや別れもありました。
営業で伺うと、山で採れた竹の子を頂いたこともあります。
お客様の会社の旅行にも誘って頂いて参加したこともあります。

温泉好きな同僚と、休日には車で山形や九州までドライブをして、
山の中の露天風呂に水着で入りに行ったこともあります。
温泉はいいですよね!湯船に入ると、日本人でよかったなあとしみじみ想います。
今も家族で温泉に行くのが毎年恒例になっています。

 

夫は、私が営業をしている先で出会ったお客様でした。
趣味のゴルフを仲間と一緒にしながら会っているうちに
自然体でいられる事に気がつき、自然と結婚に至りました。

 

 

結婚・妊娠

 

さて、結婚となると、料理をしなければなりません笑

これまで料理の話題がなかったのでお気づきだと思いますが、
家で料理をしても、ダンドリ上手な家族に「遅くなるから」と断られたり、
良かれと思って言われることに自信をなくしたりして、
料理をしたいという気持ちに全くならなかったのです笑

 

ですが、今の時代、クック○ットなどの料理サイトを見れば、
料理は作れる!なんていい時代なんだろうと、
携帯片手に料理をする毎日でした。

しかし、そううまく上達するはずがありません。
夕飯に2時間はかかる毎日。

帰りもお互い夜の8時過ぎになることもあり、
いつしかお惣菜や簡単な炒め物がメインになったり、
外食になることもありました。

そして新婚生活が1年も経たないうちに、夫は千葉へ転勤。

私はしっかり仕事に区切りをつけてから退職をしたいと、
そこから1年ほど別居生活が始まりました。
新婚なのに、わがままを聞いてくれた夫に感謝です。

 

仕事を15年勤め上げ、私も後を追って千葉へ。
そしてなんと翌月に妊娠!!
つわりが続き辛い生活が始まり、
食事もまたもや冷凍食品などに頼る日々が始まったのでした。

 

 

出産・HSCとの出会い

 

出産予定日を2日過ぎた日の朝、
陣痛が始まる前に破水し、即入院となりました。

そして、さらに2日後に分娩時間13時間を経て
息子がこの世に誕生してくれました。

しかし幸せを感じたのも束の間。
翌日の朝、個室に先生が入ってきて、検査の結果、
炎症反応が強く、危険な状態とのことで、大きな病院への転院が決まりました。

息子だけ救急車で、NICUのある大きな病院へ入院となったのです。
10日間ほどで退院とはなりましたが、その期間はとても辛いものでした。
子どもを健康に育てたい、その想いが強くなった出来事でした。

 

そして、無事退院し、息子との生活が始まったものの、
夜は寝なくて、おっぱいも飲まなくて、
いつも泣いてばかりいる息子に、違和感を感じていました。

それは少しづつ大きくなって、子育て支援センターや公園に
遊びに連れて行き、他のお子さんと比べると
ますます不安は大きくなっていったのでした。

 

初めてのことに、なかなか挑戦しない。
周りをじっと見て自分は行動しない。
暑い、寒いなど、気温に敏感。

すぐ癇癪を起こす。
私から全く離れない。
なかなか夜は寝てくれない・・・

 

他のお子さんと比べては、我が子はなんて育てにくいんだろう!と
悩んでいました。

そして、その原因が4歳児検診の時に判明しました。

 

「HSC」という概念に初めて出会い、
息子にその気質があるということがわかりました。

 

育て方が悪いのか心配していただけに
そういった気質の子どもが他にもいるということを知れて
ほっとして、検診の後、1人泣いて帰ったことを覚えています。

 

 

重ね煮との運命の出会い

 

 

ママーといつも私のそばを離れず、
毎日の料理作りがとても時間がなく苦痛でした。

圧力鍋などで時短料理をしていましたが、レパートリーも増えません。

息子は複雑な味が苦手で、ブロッコリーだけ、
人参だけという単品食べが多かったので、
大人の食事と別になっていました。

そして、息子が食べそうなもの中心の食事になっていました。

 

風邪もひきやすく、休日診療や夜間に大学病院に行くことも多く、
食事をしっかり作ってあげたいと思う様になりました。

そこで出会ったのが「陰陽調和の重ね煮調理法」でした。

 

早速レシピ本を購入して、1日1品重ね煮を続けていくと、
気がつくと息子が風邪で病院へ行く回数が減っていることに気がつきました。

 

もっと重ね煮を学びたい!!

 

そう思って学びをスタートしたのでした。

 

 

息子と家族の感動の変化

 

重ね煮ごはんは、ハレの日にも最高なんです!

 

 

陰陽調和の重ね煮は、本当に美味しくて、私は感動して毎日作っていました。
ですが、小食で味覚が敏感な息子もすぐ食べるようになったかというと
そうではありません。

ですが、いつも中心は、養生ごはんに。

そうしていくうちに、息子は次第に重ね煮を美味しい!と食べる様になり
市販の味の濃いものを食べる量が減ってきました。

 

そして気がつくと、重ね煮を学び始めてから今日まで、
一度も風邪で病院へ行くことはなく、

毎年2、3回はなっていた結膜炎になることもなく
毎日の様に出ていた鼻血も出ることがなくなり、
気温差で出ていた蕁麻疹も出なくなりました。

 

4歳の頃の息子

 

毎日の様に起こしていた癇癪も出なくなり、
穏やかに1日が終わる日も増えてきました。

そして、変化は息子だけでなく、
私自身の生理痛や貧血、頭痛が解消されていきました。
身体の内側から痒みを感じることがあったのですが、
それもなくなりました。

首の後ろが痒くて、被れることが毎年数回あったのですが、
それもなくなりました。
朝は必ず鼻水が出ていたのですが、それもなくなり、
季節の変わり目に出ていた咳もしなくなりました。
そして体重も1年で8キロ痩せるなど、
健康になっていく私自身に重ね煮は間違いなくこれからの息子の人生を
助けてくれるものだと確信していったのです。

 

現在小3(8歳)の息子です

 

 

師範になり、未来へ夢を描く

 

久保田倫子
息子の病院通いを手放すことができ、また癇癪も改善し、
子育てがとても楽になっていきました。

現代は食に限らず、選択肢が多いため、
失敗せずに、最良のものを子どもにしてあげたいと
悩むことが多いように感じます。

ですが、重ね煮の学びは、学べば学ぶほど、
生活や思考がシンプルになっていきます。

そして、食養生は、子どもの毎日を見る事から始まります。

忙しい毎日だからこそ、子どもの身体や心の声を聞いてあげて、
毎日の養生ごはんが当たり前になるよう願って止みません。

「重ね煮が当たり前の世の中に」するのが
今の私の夢です。

これからも多くのママに
重ね煮の感動をお伝えしていきます。